ノミネート作品(3)
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ノミネート作品(1)0421〜0425

【0421】愛知県 E.Yさん ⇒投票ページへ

子供の頃、そろばん塾に通うとき、早めに出かけては、塾の近くの駄菓子屋さんで、くじを引いたり、ジュースを飲んだり、おせんべいを、鉄板の上で、少しあぶってソースと青のりをかけて、魚肉ソーセージの半分の量のものをのせたものを買って食べていました。店の雰囲気は、どこでもみな同じ感じで、ちょっと口うるさそうなおばさんや、おばあさんが、店番をしていて、買うものの計算とか、買うときの態度とか、結構世話を焼いていましたね。なんか、こどもながら、ほっと一息つける、家以外の特別な場所でした。
(駄菓子のある風景 Vol.41:2003/11/21)


【0422】大阪市 M.Mさん ⇒投票ページへ

昔懐かしい駄菓子やさん、今この時代に復活させたいってひそかに思っていた私が、猫招く懸賞読本で、このサイトを知ることが出来ました。すごく感激しています。わが子(7歳と6歳)にも駄菓子屋さんの魅力を味わせてあげたいって切望しています。 その昔、5円か10円玉ひとつあれば駄菓子屋さんをおおいに楽しむことができました。ベロベロとかたこせんとか、あてもんとかをおおいに楽しむことが出来ました。30円もあればパラダイスでした。なにをしよーかなーって選ぶ気持、今も思い出すだけでわくわくします。我が母がアンチ駄菓子屋、アンチ・スナック菓子のママゴンでなくて良かったって、今改めて感謝しています。
(駄菓子のある風景 Vol.42:2003/12/20)



【0423】kashiwakuraさん ⇒投票ページへ

長野県の「ど」がつくほどの田舎(事実信号機が地域に一つしかなかった・・・)で育った私。コンビニまでは自転車走らせ20分。それも学区外なので親と一緒でないとだめ。なんと言っても私のクラスでは山羊を飼っていましたからね。
そんな想像を絶する田舎には駄菓子屋だけは多かった。しかも互いの店が向かい合わせで商いをしていたりする。つくづく平和だったなあ、と東京に出てきて今更ながら思う。
私は買い食い禁止の校則なんてそっちのけで、毎日毎日、よく飽きもせず、あの茶色くて一見グロテスクな「麩菓子」のためだけに駄菓子屋に通っていた。他のいろいろなお菓子も買ったけれど、私は麩菓子を一日一本食べなくては、いてもたってもいられない不思議な小学生だった。そのうちに一本では我慢できなくなって、業務用か?と思うほどの量が詰まった袋に切り替えたのだが・・・。
あの感触、甘さ、見た目の悪さ(失礼)とうらはらに、麩菓子は繊細なやつだった。優しく私を包んでくれる、お袋のようなものだった。チョコレートが食べられないという、子どもらしくない子どもだった私にとって、あの麩菓子の甘さはなぜかとても懐かしく、新しく、ただもう私は麩菓子の魅力に参っていたのだった。
(駄菓子エッセイ Vol.43:2004/01/20)




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【0424】神奈川県 A.Yさん ⇒投票ページへ

私は小学生の時に、習字を習っていて、その帰りにみんなで駄菓子やさんへ寄っていました。終わったら行こうねーと言う事も、嬉しかったのを覚えています。
店先には、ガチャガチャもあって、自分が欲しかった物を友達が当てて、交換したり、駄菓子に当たりが出て、それで貰ったお菓子をみんなで分けて食べたり・・・、値段の書いていない物があって、「これいくらですか?」と聞いたり・・・、子どもながらに、社会性を養う場だったのでは?と、思います。男子が、お店のおばあちゃんの真似を学校でしたり、学校以外でのみんなのお楽しみの場でした。
お菓子って、凄い力だと思います。大人になってからも、昔食べた物に癒されたり、パッケージを見ただけで、その頃の事が思い出されます。だから、駄菓子屋さんって、大人も集まりますよね。2代、3代で、遊びに行けます。親から食べ方を教わって、一緒に食べたり、親子でも楽しめます。
駄菓子って、お菓子を食べたいから食べるというだけではなく、開け方や、作り方、食べ方、その後の楽しみ等、結構時間を楽しめるんですよねー。悪い言い方をしてしまえば、絵があまり可愛くなくても、そんなに美味しいという訳ではなくても、買いたい、欲しいというのが、駄菓子です。それって、本当は凄い魅力の持ち主ですよね。駄菓子って、大人になって食べていても、変ー!って思われないし、注意もされませんよね。そういう公認の物でもあります。
友達と、家族と、又一人でも、楽しんで食べられる、お菓子です。一人でこっそり、沢山買って、独り占めして食べるのも、満足。なのに、金額的にはそんなに行っていない。選んでカゴに入れる楽しみ、お腹一杯、色々な物を少しずつ食べられる満足。何か、書くのが止まらなくなってしまいました。
駄菓子って、昔の物というイメージがありますが、そのイメージのまま、なくならずにずっと引き継がれて行くと、思います。大きくなってからも、やめずに食べているのに、子どもの頃の物という感じがあって、不思議ですね。それって、素晴らしいと思います。
(駄菓子のある風景 Vol.44:2004/02/20)


【0425】埼玉県 N.Sさん ⇒投票ページへ

昔は、よく100円玉を握りしめて、友達とお菓子を買いに行きました。あれこれ悩んで買ってから秘密基地などに行き、しゃべりながら話してました。愛想の悪いおばちゃんで、店はお世辞にも綺麗とは言えず、おまけなどは無し、でも振り返ればそれが暖かかったのかも知れません。その頃から20年余りが過ぎ、私は結婚をし、実家の近くにマンションを買ったので、二人の子供と一緒に、その店に行ってみると、その店は今でも存在し、愛想の悪いおばちゃんも健在でした。懐かしさもあり、子供と一緒になって1000円ほど駄菓子を買うと、『おまけだよ』と言って子供達にアイスをくれました。数年通っても、一度もおまけしてくれたことが無かったので私はビックリすると、『昔みたいにまた来ておくれ』と言いました。今はおばあちゃんになってしまっても、当時の私を憶えたようです。昭和の懐かしい時代が、走馬燈のように駆けめぐり、月日の重みを感じずにはいられず、只々、その時を楽しんでました。また今度、子供達と一緒に買いに行くのが楽しみです。
(駄菓子のある風景 Vol.44:2004/02/20)






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