キャラメル横丁 -> 第5回駄菓子文学賞 -> 駄菓子文学賞2006(1)
ノミネート作品(1)0501〜0505 ノミネート作品(2)(3)



0501】埼玉県  N.Sさん
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昔は、よく100円玉を握りしめて、友達とお菓子を買いに行きました。あれこれ悩んで買ってから秘密基地などに行き、しゃべりながら話してました。愛想の悪いおばちゃんで、店はお世辞にも綺麗とは言えず、おまけなどは無し、でも振り返ればそれが暖かかったのかも知れません。
その頃から20年余りが過ぎ、私は結婚をし、実家の近くにマンションを買ったので、二人の子供と一緒に、その店に行ってみると、その店は今でも存在し、愛想の悪いおばちゃんも健在でした。
懐かしさもあり、子供と一緒になって1000円ほど駄菓子を買うと、『おまけだよ』と言って子供達にアイスをくれました。数年通っても、一度もおまけしてくれたことが無かったので私はビックリすると、『昔みたいにまた来ておくれ』と言いました。今はおばあちゃんになってしまっても、当時の私を憶えたようです。
昭和の懐かしい時代が、走馬燈のように駆けめぐり、月日の重みを感じずにはいられず、只々、その時を楽しんでました。また今度、子供達と一緒に買いに行くのが楽しみです。(2004.02.20 きゃら@め〜る第44号◇駄菓子のある風景◇)



0502】神奈川県  A.Yさん
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私は小学生の時に、習字を習っていて、その帰りにみんなで駄菓子やさんへ寄っていました。終わったら行こうねーと言う事も、嬉しかったのを覚えています。店先には、ガチャガチャもあって、自分が欲しかった物を友達が当てて、交換したり、駄菓子に当たりが出て、それで貰ったお菓子をみんなで分けて食べたり・・・、値段の書いていない物があって、「これいくらですか?」と聞いたり・・・、子どもながらに、社会性を養う場だったのでは?と、思います。男子が、お店のおばあちゃんの真似を学校でしたり、学校以外でのみんなのお楽しみの場でした。
お菓子って、凄い力だと思います。大人になってからも、昔食べた物に癒されたり、パッケージを見ただけで、その頃の事が思い出されます。
だから、駄菓子屋さんって、大人も集まりますよね。2代、3代で、遊びに行けます。親から食べ方を教わって、一緒に食べたり、親子でも楽しめます。駄菓子って、お菓子を食べたいから食べるというだけではなく、開け方や、作り方、食べ方、その後の楽しみ等、結構時間を楽しめるんですよねー。悪い言い方をしてしまえば、絵があまり可愛くなくても、そんなに美味しいという訳ではなくても、買いたい、欲しいというのが、駄菓子です。
それって、本当は凄い魅力の持ち主ですよね。駄菓子って、大人になって食べていても、変ー!って思われないし、注意もされませんよね。そういう公認の物でもあります。友達と、家族と、又一人でも、楽しんで食べられる、お菓子です。一人でこっそり、沢山買って、独り占めして食べるのも、満足。なのに、金額的にはそんなに行っていない。選んでカゴに入れる楽しみ、お腹一杯、色々な物を少しずつ食べられる満足。
何か、書くのが止まらなくなってしまいました。駄菓子って、昔の物というイメージがありますが、そのイメージのまま、なくならずにずっと引き継がれて行くと、思います。大きくなってからも、やめずに食べているのに、子どもの頃の物という感じがあって、不思議ですね。それって、素晴らしいと思います。
(2004.02.20 きゃら@め〜る第44号◇駄菓子のある風景◇)



0503】糸の先に飴がついた・・アレ  けろ ⇒投票ページへ

駄菓子と聞くと思い出すのが”糸”の先に飴がついた・・名前が解らないのですがアレです。(笑) 束の中から1本引くと真ん中の1つ飴の飴がヒクヒクヒクと引っ張られる。子供って段々知恵がつくと言うのか〜(笑)
あ、私がやったんじゃないんですよ!私は横で「そんなことが出来るんや!」と感心してる方だったので。(笑)
何人かで駄菓子屋さんに行き、その飴の箱をしげしげと見る。「おばちゃん、あれは何?」と言うように1人が別のお菓子におばちゃんを誘導する。。。その隙に!あの飴って小さいのがミカンで大きいとリンゴだったりしたんですよね。その大きなリンゴの飴を引っ張ると、おのずと1本の糸が動く。。。
そう”アタリ”です。(笑)
で、何食わぬ顔でその糸を持ち、おばちゃんが戻るとスルスルスル〜っと引っ張る。 「うわっ!アタリや♪」
私はミカンしか食べたことなかったな〜 (;^_^A ズルが出来ないというのか勇気?がないというのか・・・(笑)
駄菓子屋さんって子供にしたら魅惑の世界だったんですよね。私は41なんですが、子供の頃って、家にお風呂が無い家がごく普通で、銭湯に行ったもんです。今みたいに誘拐とかもなく、子供だけでも行けた時代でしたね。
銭湯の近くに駄菓子屋さんがあって〜 銭湯代にプラスαを母にもらい、出たら寄って何かしら買ったもんです。100円どころか50円持ってても幾つか買えたんですよね〜(^^)
買い物の初歩は駄菓子屋からだったように思います。今でも、見つけたら、たま〜に買うんですよ。(笑) 小さなヨーグルトとかね。(^m^ )クスッ
(2004.03.22 きゃら@め〜る第45号◇ご愛読者投稿 駄菓子エッセイ◇)




0504】初めてのおつかい   冷泉恋々 ⇒投票ページへ

小学校に入学する前、初めて兄弟だけでおやつを買いに行ったことがある。祖父の家から駄菓子屋までは百メートル位だが、子供の足ではとても遠くに感じられたものだった。見送ってくれる祖母に手を振りながら、行きは夢中で走って行った。
坂道を登り、抜け道を通ってお店に駆け込んだ。「あんたたちだけで来たの?えらいねえ。」いつも笑顔のおばちゃんはそう言ってガムをおまけしてくれた。三十分位はあれこれ選び、ビニール袋いっぱいにお菓子を買って店を出た。
弟と手を繋ぎ、満足してゆっくりと坂道を下る。と、突然前の曲がり角に犬がうろついているのが見えた。人は見当たらず、鎖も付いていない。弟が強く手を握るのが分かった。
その時今でもどうしてか分からないのだが、私は握っている手を離して走り出してしまったのだ。そう、弟を置き去りにして・・・。
幸い視界の外の家に飼い主がいたらしく、弟は泣きながらも無事に帰ってきた。帰ってきてこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
この話は、今でも家族が集まる度に必ず一回は聞かされる。きっと一生言われ続けることだろう。とほほ・・・。
(2004.03.22 きゃら@め〜る第45号◇ご愛読者投稿 駄菓子エッセイ◇)



0505】愛知県 Y.Yさん
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小学校の2つある入り口にそれぞれ文具・駄菓子を売っているお店があった。小学生ながら贔屓なお店があり(私は「久野さん」名古屋市立菊住小校門前・今はやっていない)そこでそろばん・書道の帰りにお駄賃を貰い、よく立ち寄った。
どれが当たるか解からない糸の先に飴が付いているのは必ず買い(苺が出ると嬉しかった)、お魚型カレー味とだいだい色の花型のあられのくじも大好きだった。
ある日10円がポケットにあったので、2軒隣の千恵ちゃんと学校帰りにこっそり久野さんに行き、このお魚型カレー味のくじを引いた。いつもはずれでカップ1杯しかないのに、その日に限って大当たり!生まれて初めてビニール一杯のお菓子が当たり嬉しいはずなのに、ランドセルを背負ったままの私達は、絶対禁止の買い食いが誰かに見つかりはしないか気になり過ぎ、大当たりの余韻に浸る間も無く一気に食べたのでした。
他には大きな紫掛かった黒砂糖の麩菓子も大好きで、未だにスパーへ行くと買ってしまいます。昔の子は大金を持っていなかったですが、それでも楽しめた駄菓子屋さんの存在は、非常にありがたかったです。
(2004.04.23 きゃら@め〜る第46号◇駄菓子のある風景◇)





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