駄菓子文学館 8丁目1番地

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第7回   入賞作品

2014年4月30日 結果発表
今回の賞品はすごいよ

キャラメル横丁のお客さまからいただいたメールコメントのコンテスト、第7回駄菓子文学賞が無事終了いたしました。“日本一(世界一)お手軽なコンテスト駄菓子文学賞、今回は6年ぶりだったせいでしょうか、数も質もグンと上がってかなり激戦の様相を呈しました。
もちろん、作品のレベルアップはけっこうな話なのですが、本来の当賞の主旨は「なつかしく楽しい駄菓子体験記」ですので、レベルについてはあまり、というか、まったく気にする必要はないのです、念のため。
今回、厳正なる審査の結果選ばれたのは、以下の8作品でした。おめでとうございます。そして、楽しいお便りをくださった大勢のみなさん、ありがとう! 次回もよろしくお願いいたします。

★大賞
★お梅ばあちゃん賞
★キャラメルのヒミツ賞
★仲よし母娘(おやこ)賞
★鼻のアブラで当てま賞
★バクダン賞
★ドラマチックで賞
★審査員特別賞
あいうえお菓子(愛知県名古屋市)
もよぞう(愛知県名古屋市)
ほんじいちゃん(愛知県岡崎市)
tomo(栃木県那須郡)
いけよし(大阪市都島区)
ふみさん(神奈川県横浜市)
KRさん(熊本県熊本市)
図画(愛知県豊橋市)
 第7回駄菓子文学賞



※各賞に順位はついてません。文章の出来・不出来は関係ありません。基準は、キャラメル横丁のスタッフが「これいいな」と思ったかどうか、だけです。

特別発表! じつは今回、本審査に通った残りの作品23点もすべて公開しちゃおう、ということになりました。
→結果発表の第2ページをご覧ください!


引き続き、第8回駄菓子文学賞の受付が始まっております。次はいよいよ、あなたの番ですよ!




第7回駄菓子文学賞 結果発表!


大賞

●賞品;ジャンボ駄菓子ボックス


by あいうえお菓子(愛知県名古屋市)

駄菓子屋さん それは小さな社交場

私は子供のころ、親の都合で転校が多かった。人見知りの私は中々友達ができなかった。
忘れもしない小学3年生になったばかりのあの頃。私は長崎とあるの町にいた。
周りは長崎の方言。その中にいて標準語で話す私がおかしかったのだろう。今で言う軽いいじめのようなことをされた。憂鬱な思いで毎日学校へ登校した。
それはある日。今でも忘れもしないGWが終わってまもない5月12日。翌日に遠足を控えおやつの調達に私は近所のスーパーへ向かった。
そのスーパーにいつも私に嫌がらせをしてくる奴の姿を見つけた。
彼はその時一人だった。私の姿を見つけた彼は一瞬驚いたような顔をした。
しかしすぐにこちらに駆け寄ってきた。私は焦った。
照れくさそうな顔をして彼は「なんばしよっと?」と私に声をかけてきた。
「え?明日の遠足のお菓子を買いにきたの」ぼそぼそとわけを話した。
「あ、そうね。そげんことやったら駄菓子屋ば行かんね。こげんとこより安く買えよっとよ」あの、私そこ知らないんですけど・・・。
「一緒に行く?」彼にそう言ってもらえうれしいような怖いような。でもその後一緒に駄菓子屋に行った。
そこにはクラスの人たちが何人もいた。怖くて逃げだしたかった。
彼はすぐにみんなのところに行ってしまった。すぐにお菓子を買って一刻も早く帰ることを考えた。
でもね彼がみんなのところに行った理由は・・・
そこにいたクラスの人たちに私に嫌がらせをするのをもうやめよう。みんなで仲良くしよう。そんなことを言ってくれたんだ。
みんなが私を受けいれてくれた日。そして受け入れてくれた大切な場所。
その日を境に私はクラスのみんなとも打ち解け、ことあるごとに駄菓子屋に集まった。
でもその1年と数か月後転校が決まった。駄菓子屋に集まっているみんなにもこのことを話した。
みんな驚いた顔をしていた。中には泣いてくれた子もいた。
思えば遠足の前日彼が私をあの場所へ連れて行ってくれたから今の私があるような気がする。
小さな社交場。喜怒哀楽の詰まった子供たちだけの社交場。それが私の駄菓子屋像です。

COMMENT = 長文失礼いたしました。非常に珍しいテーマで、今まで忘れていたことを、ふと思い出してしまいました。大切なことを思い出させてくれてありがとうございました。

ジャンボ駄菓子ボックス いっぺんに食べないでね ジャンボ駄菓子ボックス
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お梅ばあちゃん賞

賞品;駄菓子ボックス

by もよぞう(愛知県名古屋市)

実家の近所の駄菓子屋さんは、強面のおばあちゃんがいつも店番をしていました。見た目だけでなく子供達にも容赦なく厳しい人で、無言で入るとまず「黙って入るな!」と叱られます。
「これください」「ありがとう」など、基本的な挨拶は絶対。
他にも敷居を踏んではいけないとか、雨の日は濡れたまま入ってきてはいけないとか、私も色々と叱られました。当時はおばあちゃんが怖くて、お店に入る時は深呼吸して緊張しながら入ったものです。
でも、子供達の名前を憶えていて、しばらく顔を見ないと「風邪でもひいとったか」とか前回叱ったことも憶えていて、「今日はちゃんとできたなー」と誉めてくれたり、それがちょっと嬉しくて、なんだかんだで近所で一番人気のあるお店でした。
今思えば、基本的な礼儀を教えてくれた貴重な存在だったと懐かしいです。私の小さい頃は、駄菓子屋さんでお金の使い方や社会性を身につけたという子は多かったと思います。
懐かしの駄菓子屋「風」のお店は最近多いですが、駄菓子屋さんって、お菓子の種類だけではなく、人を含めたその存在が子供にとって大切なものじゃないかなと思います。
駄菓子ボックス
駄菓子ボックス





キャラメルのヒミツ賞

●賞品;駄菓子ボックス

by ほんじいちゃん(愛知県岡崎市)

私は昭和21年9月生まれです。私達は、戦後で物の無い時代に生まれ今から思うと食事等は大変粗末な物でした。とは言え、田舎で田んぼや畑も有り、芋粥や だんご汁等で空腹だけは凌いでいました。
又母親は野良仕事で外に出ている事が多く、だら焼き(ホットケーキのような物)や手焼き煎餅等おやつも結構自分で作ったものです。ただ、砂糖は品薄でサッカリンやミツゲン錠を代用していたので味加減は大変難しかったものです。
さてそんな時代背景の中、駄菓子について今だに誰にも教えていない私だけの秘密が有ります
それは私が小学校低学年の頃でした。
町内に一軒だけの駄菓子屋さん「パン徳」という店が有りましたが そこで私が買うのは いつも決まってカバヤ製菓の「SSキャラメル」でした。
このキャラメルには箱の中にカードが入っています。お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん等々です。これらのカードを一式集め店に持っていくと もう一箱貰えるのです。
又「大当たりカード」も有り これは1枚のカードに家族全員が描かれているものです。このカードが出ると もう1箱貰えます。
私はこの「大当たり」をいつも連発する名人で 店の人はいつもビックリされていました。
当時子供なりに研究した結果を60年経過した今初めて皆さんに明かします。それは箱の色です。
絵柄は全部同じですが「大当たり」の箱だけは かすかに色が濃い事に気付いたのです。
従って私が店に行くと「大当たり」のカードが入っているキャラメルを独占出来たのです。
私にとって子供の頃の大切な秘密の懐かしい思い出です。

COMMENT = 今回 初めて応募させていただきました。私の子供の頃と言えば日本中が物の無い時代で 小使いは自分で鉄屑を拾って来たりしていました。当時、定期的に「ぼっこ屋さん」が廻って来て 売ったのが自分の小使いでした。そんな風にして稼いだお金は大変貴重で大事に使ったものです。月に20円~50円位しか稼ぐ事は出来ませんでしたが その中から買ったキャラメルの味は今でも忘れる事は出来ません。
駄菓子ボックス
駄菓子ボックス





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仲よし母娘(おやこ)賞

●賞品;駄菓子ボックス


by tomo(栃木県那須郡)

これっ!これも!!うわー!
そう言って駄菓子コーナーではしゃぐのは「母」である「私」。懐かしさでいっぱいになった。
子どもができ、おやつを選びに一緒に向かった時の私の姿。
あまりのはしゃぎっぷりだったのか、娘は目を真ん丸にしていたけれど、私の表情をみてすぐ寄ってきた。
「これママも食べたことあるの?」
「あるよー!!ママが小さい時によく食べたんだ~」
「へぇ!!これは?」
「これもある!あっ、これも美味しいんだよ!これはおみくじついてるの!」
そんな話をしながら何分もお菓子コーナーの前で話をした私たち親子。お陰で親子遠足でのおやつは、私も楽しめるお菓子でいっぱいになった。
親から子へ。そして共に楽しめるものは会話も増え楽しさが増える。
駄菓子ボックス
駄菓子ボックス

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鼻のアブラで当てま賞

●賞品;駄菓子ボックス


by いけよし(大阪市都島区)

子供の頃住んでいた下町に小さな商店街がありました。八百屋さん、漬物屋さんなど10軒ほどが軒を連ね、その中の「お茶屋さん」が僕たち子供にとっては駄菓子屋さんでした。
実際お茶の葉は、棚に少し並んでいるだけで、店先のほとんどは駄菓子に占領されていました。
当時日本は高度経済成長期で、僕の父も休む日もなく働いていました。
そんな父に一度だけこの「お茶屋さん」に連れて行ってもらったことがあります。
くじを引く時に父は妙な節回しで「鼻のあぶらをちょとつけて」と言いながら人差し指で鼻の頭を触り、その指でくじをめくってくれました。
果たしてそれが当たりだったのかどうかはもう覚えていませんが、そのシーンだけは今でも思い出となって残っています。
あれから四十余年。父は昨年急逝。僕は五十才近くになりましたが、今でもショッピングセンターや地方の商店街などで駄菓子屋を見かけると立ち止まります。
そこに父と幼い日の僕とがくじ引きをしている姿が幻影となって見えるような、「鼻のあぶらをちょとつけて」という父の声が聞こえるような気がするからです。
駄菓子ボックス
ワクワクセット

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バクダン賞

●賞品;駄菓子ボックス

by ふみさん(神奈川県横浜市)

わたしはおばあちゃん子でした。小さい頃はよくおばあちゃんのうちに泊まっていました。
時々おばあゃんが、"好きなお菓子を買っておいで"と言って10円玉を握らせてくれました。
駄菓子屋さんには、駄菓子のほかにも、くじ引きがあり、メンコがあり、独楽があり、ビー玉等が置いてありました。
そして、駄菓子といえば、今のお母さんだったら、"こんなもの買ってはいけません"というようなものがたくさん並んでいました。
ニッキのついた紙をなめると、舌や口の中に色がついて真っ赤になりました。甘い砂糖醤油のついたイカは、とても赤くて合成着色料の塊のようでした。
また、当時バクダンとよんでいた、ゴムの風船のようなものに入っていた氷の塊は見るからに不衛生でした。母には、こんなものを食べてとよく叱られました。
でも、駄菓子屋さんに行ってほしかったお菓子を買った時の喜び、うれしさは今でも忘れません。駄菓子屋さんを見つけると、今のお店は昔と風情が違うけれど、孫の手を引いてお店に入っていく私です。
駄菓子ボックス
駄菓子ボックス

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ドラマチックで賞

●賞品;駄菓子ボックス

by KRさん(熊本県熊本市)

今から30年位前になりますが…
私の祖母は熊本市平田町の蓮台寺橋近くで駄菓子屋をしていました。祖母といっても、私の祖父の姉にあたる人ですが、ずっと一緒に生活していましたので、私は孫みたいなものです。
もう随分前に祖母は亡くなりましたが、当時駄菓子を買いに来ていた方からある日お手紙が届き(家の玄関に置いてありました)、そのお礼を言いたくて今メッセージを書いています。手紙にはこう書いてありました。

 私はここに昔あったお店に駄菓子を買いに来ていたものです。
 子供の頃、私はよくおばあちゃんの店で駄菓子を盗んではこっそり食べていました。
 少しですが、当時私が盗んだお菓子と同じくらいのお金を入れています。
 どうかおばあちゃんにお線香をあげてください。お願いいたします。

名前も住所も書いてありませんでした。
祖母には子供がなく、戦争で夫とも死別しておりましたので駄菓子屋を通して子供たちと話すのが何よりも楽しみでした。
当時は女性が独りで生きていくことや、母子家庭の生活をするには今よりずっと厳しい時代でした。私の記憶では、祖母は母子家庭の子をこっそり呼び寄せては店のお菓子をあげたりしていました。
「お菓子も買えん(買えない)なんて、かわいそか…」と言うのを聞いたことがあります。
紐のついたイチゴ飴やすずめの卵を他の子に気づかれないように手に持たせるのです。
糖尿病で入退院を繰り返すようになったため、お店を閉めました。元気になったら、また始めるつもりで…
ですから退院した翌日には、真っ先にお店を開けたのです。子供たちの笑い声が聞きたくて…
でも、時代は残酷なほどのスピードで流れていました。
町には自販機が当たり前のように置かれ、八百屋も魚屋も消えていきました。あれほど賑わっていたおばあちゃんの駄菓子屋には子供たちは来ませんでした。
それでも祖母はお店に座って待ち続けました。
「私はどこの墓に入るんだろか…?」そうたずねるようになったのはその頃からです。祖母はボケました。
「子供が寒い寒いって言いよるけん、家に入れてやらなん」といって手招きします。祖母にはハッキリと見えるようでした。
祖母が亡くなってもう20年になります。お手紙を下さった方、そして、当時お菓子を買いに来てくれていた皆さん、どうもありがとうございました。

COMMENT =5年位前、私は祖母との思い出を書き残しておきたくて「駄菓子屋のお婆ちゃん」というタイトルで文章にしました。これから少しづつmixiにのせたいと思っています。よかったら読んでください。
私は今年の6月「NHKのど自慢」熊本大会に出場した際、前日のインタビューシートに この話を書きましたが、NHKのスタッフノ方から「大変いいお話ですが、インタビューの時間が一人数十秒しかありませんので残念ですがご紹介出来ません。」と言われました。こちらに載せていただけると嬉しく思います。
駄菓子ボックス
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審査員特別賞

●賞品;駄菓子ボックス

by 図画(愛知県豊橋市)

「駄菓子屋と初恋」(図画のオリジナルソングです)

二丁目の駄菓子屋の
ガラス戸開けると別世界
学校帰り君とよく寄ったね
君の細い指が棚のキャラメルをひとつ取る
その光景は一枚の絵の様だね

 色とりどりの異次元の世界で
 その甘い香りの店のなかで
 めまいを感じてた

それから僕らは路地裏で
探検ごっこして遊んだ
お金持ちの家の庭を内緒で通り抜けた

学校であった嫌なこと
駄菓子屋のおばさんは
優しい笑顔でいつも聞いてくれた
フルーツ味のタブレットや
アイドル歌手のブロマイド
すべてが現実を忘れさせてくれたんだね

 今も時々思い出すけれど
 優しかったあのおばさんは
 元気でいるかな

あれから時は流れ僕も大人になったけど
あの駄菓子屋は今でもあるのかな
君は今頃どこにいるのかな

COMMENT = はじめまして。夫婦で趣味で曲作りをして録音をしている「図画」というユニットです。この「駄菓子屋と初恋」というオリジナル曲は、僕(野尻敏)が子供の頃を過ごした町に実際にあった駄菓子屋をモデルにして作りました。YouTubeの以下のURLで聴くことができます。ぜひ聴いてみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=T-3OMs1cnoM&list=UU5WUj8u0PpQb-mfbF_WBs6A
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引き続き、本審査にノミネートされた優秀作品集をご覧ください
 →こちらです


第7回駄菓子文学賞 結果発表!


今回は本審査に通った残りの作品23点もすべて公開しちゃおう、ということになりました。
結果発表の第2ページをご覧ください!




文学賞といっても、ここではお遊びです。気軽にお付き合いください。
もちろん、コンテスト入賞者の方々には賞品も予定していますので、賞狙いでご応募いただいてもけっこうです。これくらいなら私にも…と思われた方、締め切りまで時間はたっぷりあります。ふるってご応募ください。待ってま~す!



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