6月初旬、東京から、元日曜研究家主筆、駄菓子屋文化を含めた昭和B級文化の研究家として知られる、串間努氏が、名古屋の駄菓子メーカー取材に来名しました。全3日の取材行程でしたがその初日の取材に同行させていただいたので、その模様をレポートします。
右写真は串間氏(左)ときびだんごの見田製菓・見田誠治社長
※串間氏は当キャラ横でもご紹介済み、みなさんにはすでにお馴染みですね。 |
雨模様の午前9時、キャラメル記者とマルホの堀田社長(=キャラ横の店長、念のため)は合流場所の取材1軒目、梅田製菓に向かいました。梅田製菓は、花串カステラを中心に作っているメーカー。もともと名古屋駅から直行しているはずの串間氏と後追いで合流し、他のメーカーへの案内をする予定だった私たちは、なぜか彼よりも前に梅田製菓に着いてしまいました。不慣れな名古屋の地理関係で串間氏は迷い、予定時間に遅れてしまったのです。

挨拶もそこそこに梅田製菓の取材スタート(左写真)。取材内容は、この秋発行予定の本を待つことして、きょうはその取材模様をご報告いたします。
事前に快諾を得ているだけに梅田さんの対応も抜群で、取材は順調に進んでいきました。何事にも好奇心旺盛な串間氏は、機械のひとつひとつの構造から名前までいろいろ取材していました。カセットで録音しながら、話を聞き、自らカメラでパチリ。全部をひとりでこなします。
この後、続いてこざくら餅の明光製菓、スカットコーラの松山製菓、きびだんごの見田製菓、ペロレンの連勝製菓本舗、トンガリ菓子の井桁千製菓、マンボ菓子の丸義製菓、金華糖のトコロ製菓に行きました。
上左・上右写真2枚はこざくら餅の明光製菓にて

トンガリ菓子の井桁千製菓にて |

マンボ菓子の丸義製菓にて |
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金華糖のトコロ製菓にて |
今日1日で8件取材の超過密スケジュール。午前中はマルホの堀田社長が運転する車で移動、午後からはマルイ製菓の犬飼社長が同行しました。今回の取材は、ひととおり扶桑社からアポイントを入れてあったのですが犬飼社長と堀田社長がさらに電話で段取りをして、空き時間に追加取材を設定するなど八面六臂の活躍。串間氏の取材の成果もまずまずだったようです。
串間氏の本は、2001年秋ごろに2つの出版社から計2冊、全国の書店で発売される予定です。
『ザ・駄菓子百科事典』 扶桑社刊
駄菓子メーカーの取材や工場見学、インタビューを満載した、カラー写真の多い内容。駄菓子年表を入れる予定とか。
『三丁目の駄菓子屋』 小学館刊
ハードカバー装丁で、駄菓子に限らず、紙芝居、駄菓子屋食堂など、駄菓子屋周辺の文化全般の内容を予定。
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