キャラメル横丁 -> 愛知県玩具卸協同組合 三輪高二郎さん

(1)日曜研究家 串間努さん (2)北名古屋市歴史民俗資料館学芸員 市橋芳則さん
(3)愛知県玩具卸共同組合 三輪高二郎さん (4)日本独楽博物館館長 藤田由仁さん

(3)愛知県玩具卸協同組合小物部会会長 三輪高二郎さん 

三輪高資(こうすけ)商店社長の三輪さんは、愛知県玩具卸協同組合小物部会(通称:三日会)の会長として活躍しています。卸問屋、地方問屋の集まり、『三日会』の活動と、最近の駄菓子業界の傾向などを伺いました。

●三日会の活動
 「愛知県玩具卸協同組合は、大きなおもちゃを扱う『大物部会』と、ひな人形、五月人形を扱う『三五品部会』、そして駄菓子屋などにある小さなおもちゃを中心に扱っている我々『小物部会』の三つに分かれています。『小物部会』は、元卸問屋、メーカーから仕入れて2次問屋に卸す地方問屋、西区新道にある小売屋さん相手の2次問屋で構成されていまして、その中で地方へ輸出する元卸問屋の集まりが『三日会』です。
 この名前の由来は月初めの三日に毎月会合を開いていたからです。先々代の会長の頃までは毎月三日に集まっていましたが、それから業界も会合を持つ用件が減ってきまして、集まっても話題がないじゃないかということで最近では毎月のペースで会合はしていません。ウチが入った頃は32社くらい在籍していましたが、現在は20社になっています。私が会長になって6年半。業界に活気があるころは、三日会全体で何かをやろう、なんてこともありましたが、最近はそういうことも少ないですねぇ。
 昔は高いおもちゃなどほとんど無くて、メンコだとかビーダマだとか駄菓子屋で売っているこどもがおこづかいで何とか買えるようなおもちゃが、おもちゃのメインでした。戦後まもなくはおもちゃ屋さんも大きなおもちゃはほとんど扱っていなくて、後になってメーカーが出来てきて高額なおもちゃが出始めたんです。その頃の大きなおもちゃですと、強いて言えば積み木だとか、文字を並べた板というか、そういったものくらいかな。一時ブームだったこども向けのピアノなんかもありましたけど。井上楽器かな、木製の子ども向けのピアノを作っていたメーカーも名古屋なんですよ。」

●巷に出回ったルービックキューブ
 「我々の業界にも住み分けみたいなものがあるんですよ。だいたい東京、名古屋、大阪の3都市にありまして、東京近辺でできる商品をもって全国を回る問屋、名古屋近辺の商品をもって全国を回る問屋、大阪は大阪近辺と、結局その大都市3つの問屋さんが回って全国の商品がそろってくるわけですが、名古屋地区限定でなければ、ルービックキューブが流行りましたね。昭和55〜56年くらいかな。正規メーカーの商品がほとんど間に合いませんでしたから、そういう時は我々業界の出番で、すぐ偽物を作りましたね。もう時効だから言いますけど…。
 そりゃあメーカーと我々じゃあ売った量がぜんぜん違うでしょう。なにしろ本物が手に入らないんですから。あの時はみなさん、いい商売になりましたよ。1個1980円だったかな。大きさもほとんど同じだったけど、ちょっと精密さに欠けるというか、動きが悪いものとかもあったかもしれません(笑)。
 ルービックキューブは、小さいお子さんから老人まで流行ってましたから相当大きなブームだったね。それから「いれずみシール」、その後が「アイドルステッカー」かな。「なめ猫」ものもありましたがあれはヤングOL中心のブームだったので業界ではそんなに流行らなかった。昭和56年ころは、切手コレクターが火付け役でマルホの「切手あて」などが流行りましたね。あれは急に売れ出しました。他にもいくつか中ヒット商品があって、そのあたりが終わったころ、東京からアマダさんの紙製玩具に変わってきました。いわゆるキャラクターものですね。
 それから後のヒットというと名古屋の業界ではあまり記憶にないですねえ。まあ名古屋は昔から紙製玩具ですね、人気商品というと。紙製玩具というのは、台紙に20から50くらい付いている商品を引くものですよ。メンコなども名古屋は昔から扱いが多かったですから、名古屋は紙製玩具が強いんです。名古屋だけで紙製玩具のメーカーが当時は10社くらいありましたから。」

●駄菓子屋おもちゃの流通
 「我々は卸問屋で、前言ったように、東京、名古屋、大阪にあるわけで、東京製品、名古屋製品、大阪製品を集めて全国の2次問屋さんを回ります。地方の2次問屋は、自分の店でしか売らないところと、車に積んで各地の細かい小売店さんに売り歩くところがあります。規模もとうちゃんかあちゃんから従業員を使っているところまでピンキリです。
 こういった2次問屋さんの外売りがあるので、山奥の田舎の駄菓子屋にも商品が並ぶことになります。おばあちゃんやおじいちゃんが細々とやっているような駄菓子屋は、なかなか自分たちが仕入れに出かけることも出来ませんから、2次問屋の行商人を待っているんですよ。駄菓子屋は子どもがいるかぎりありますから。だから地方の2次問屋さんがつぶれてしまうとそこの扱っている地域の駄菓子屋への供給ルートが断たれてしまう。そんな時は隣町の問屋さんが受け持つようにしてフォローしていきます。
 実際ウチの場合でも、広島県三原市には1軒しか問屋がなかったんですが、そこが辞めたから尾道市の問屋さんにお客さんを任せたとか。問屋さんのルートは、北海道から沖縄へも行ってますから全国に広がっています。ただ九州しか行ってないところとか、東北、北海道だけのところとか、ウチの場合でも関東から山口県くらいまでが強いエリアですから、地方によってそこだけにしかない駄菓子、おもちゃなども存在してきます。
 あんず菓子やあんこ玉は関東でしか無い駄菓子ですね。あんこ玉などは数量的にもたくさんできないので関東圏で消費されてしまう。関東は酢の系統が強いですね。すもも漬け、さくら大根、梅ジャム、あんず菓子など、まあそういうすっぱい駄菓子のメーカーが昔から多かったということでしょう。
 名古屋のお菓子は意外と全国に通用するものが多いんですよ。駄菓子に関しては基本みたいなものがだいたい名古屋にありますね。東京、大阪に比べても名古屋はダントツにこども菓子のメーカーさんが多いんです。大阪はチョコレート系が多いですが、夜のお菓子というかチャーム向けのものがあったりして、こども向けの駄菓子は決して多くないんですよ。」

●問屋から見た駄菓子の人気
 「最近の傾向としては、甘いもの離れですね。珍味類だとかカリカリ梅だとかが増えてきていますね。それから最近、すこんぶも売れ行きを上げてきています。それにカルパス、サラミみたいなものですね。まあどれも腹の膨れる商品じゃないですよ。昔はこどもたちも外で遊んで疲れて帰ってきた時なんかは甘いアメ玉とかがいいので、確実に売れていましたけど、年々、甘い駄菓子の需要が低下してきています。こどもの遊びも部屋でゲームになってきたからですかねぇ。それとゼリーが売れてます。昔はカップに入ったポーションゼリーでしたが、最近はスティックゼリーになってきてます。ゼリーは機械充填だから量ができますし、さわやかイメージというか、冷蔵庫に冷やしてあれば何本も食べるみたいですよ。」

●駄菓子業界の将来
 「今の流通形態で儲けが確保できないんですよね。何10年も前から駄菓子屋やおもちゃ(駄菓子屋にあるような)の値段ってあまり変わってないでしょ。駄菓子は今でも10円、20円からありますし。それがメーカーから卸問屋、2次問屋、末端の小売店に行くわけですから、みんなその間の儲けを分け合っているわけで、低い単価ではマージンが出ないんですよ。それでも量的に売れている時期はよかったんですけど、こどもの数も減って売れ行きも減ってくると、末端の小売店さん(いわゆる駄菓子屋)や地方の2次問屋さんから悲鳴があがってきます。まあ我々卸問屋でもそうですが。
 テナントで入っている駄菓子屋のフランチャイズ店などは、テナント代もありますから、駄菓子の値段にのせていますよね。そういった店はお客のターゲットがOLや主婦だったりとこどもだけじゃないですから、何10円上げても買ってもらえるんですよ。一方、地方の小学校の前にあるような駄菓子屋は、こども達が客のほとんどですから値段を上げられない。おこづかいで買うこども達は10円上がったら手を引っ込めちゃいますからね。50円以下で買える商品を取り扱っているなんてもう駄菓子業界しかないですよ。文房具屋でもなくなってきているし、スーパーで買うものでもないんじゃないですか。
 また2次問屋が直営店を出して、少しでも儲けを出そうとしている動きがありますし、JRも駅構内に駄菓子屋を作り始めています。東京の荻窪駅、仙台駅、浜松駅、近くでは尾張一宮駅などに駄菓子屋がありますね。我々も生き残りをかけて、直営店展開なども視野に入れていかないといけない時代になりました。」(取材日 2000.9.8)


駄菓子屋のお菓子やおもちゃが全国津々浦々に出回るには、やはり昔ながらの問屋の流通網があったのです。こどもの頃、田舎で通っていた駄菓子屋は民家の表回りを改装したような店で、今思い出してもなぜやっていけてたのか不思議な店でした。小学時代に3回引っ越しをしていますが、どこに行ってもその町にはこどもたちが集まる駄菓子屋がスタイルを変えてありました。あの駄菓子屋の経営には各地を回る行商の人たちの協力があったのでしょう。そんなことを教えてくれた三輪さんでした。

(1)日曜研究家 串間努さん (2)北名古屋市歴史民俗資料館学芸員 市橋芳則さん
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