マボロシの駄菓子 

キャラメル横丁 -> マボロシの駄菓子<ニッキ貝知ってる?>
駄菓子の歴史の中で、原材料の減少、衛生法の強化、流行の変遷など様々な理由でなくなっていった駄菓子。
数少ない証言や資料をもとに、昭和史の風俗を覗き見たい。

その1 ギュウヒってなんだろう? その2 ニッキ貝って知ってる?
その3 謎が謎めくどりこ飴? 
その4 養老サイダーの真実

★その2 ニッキ貝って知ってる?★


これがニッキ貝だ!

【証言2】
先日、33歳の人と話していた時、彼はニッキ貝を子供の頃に食べたという。彼は名古屋市内出身だ。ということは25年前くらいには名古屋市内の駄菓子屋にニッキ貝があったということだろうか。確かに日本食品玩菓工業組合連合会名簿(昭和35年9月発行)には、名古屋支部内に貝にっきを扱う福徳製菓、ニッキを扱う丸清製菓、丸忠製菓の名前が見られる。果たしてニッキ貝は現在もあるのだろうか?




【証言1】
先日メーカー取材でマルイ製菓に行った時、駄菓子の歴史に詳しい犬飼社長と、マルホの堀田社長を交えていろいろな駄菓子の話題が続いた。その中で、昭和40年代の愛知県食玩組合の名簿を見ながら、『ニッキ貝』という言葉に突き当たった。犬飼社長に聞くと、この駄菓子は、貝の中にニッキを入れたものだという。はてさて見たことも聞いたこともない。ずいぶん昔にあったもので40〜50代の人にとっては懐かしい駄菓子のひとつにあげられるという。


日本食品玩菓工業組合連合会名簿
(昭和35年)より



【発見】
たまたま立ち寄ったマイカル桑名一番街の下町だがし歳時家。そこで何気なく見た駄菓子人気アイテムBest30の23位にニッキ貝の文字が!ニッキ貝は現存していた。カゴに盛られたそれは、まさしく大振りのハマグリそのものだった。さっそく買い求め、ラベルに書かれたメーカーに電話取材を敢行した。

●桑名だからハマグリと思いきやなんと島根県のメーカー
 西八製菓  島根県大原郡木次町里方865-6

西八製菓の西村社長はこころよく電話取材に応じてくれた。

「ウチはポップコーンや手焼きせんべい、生姜せんべい、島根名産の豆板(飛騨のものとはまったく別モノ)などを作ってます。独自のルートを開発するにあたって、何か新商品はないかと考えていた時、昔ニッキ貝があったことを思いだしました。昭和30年代は田舎にも当てもの屋があって、その大当たりの景品がニッキ貝でした。当時でも高価なもので子供はなかなか変えなくてて当てもんでやっと口に入れることができたんです。中当たりがニッキ紙でしたね。ということで約15年前に商品化しました。いわゆる復刻版ということですね。商品化するにあたっては貝の供給量が不安定というのが1番の問題でした。今の貝は中国や北朝鮮のハマグリで、島根県の観光関係でサンゴなどを取り扱う業者から入れています。大きさが8センチプラスマイナス5ミリなので選別が大変ですね。地元のスーパーでは和菓子の棚に置いたりもしていますが、よく売れるのは駄菓子屋です。ウチの他に作っているところというのは聞かないですね。1個200円。貝の供給さえあれば1日1000〜1500個生産しています。貝は1度ばらしたら絶対合わなくなるので、対になった状態で中に黒砂糖とニッキを練ったものを入れます。食べる時は片側の貝の端できりもみ状に削って食べます。」

僕にはまったく原体験のない駄菓子、ニッキ貝。ニッキ好きの僕には新鮮な駄菓子のひとつになった。…しかし実際食べようとしてみると、これが固くてなかなか削れなくていらいらしたりする。食べ終わった貝がらは貝笛にして遊ぶこともできるそうだ。今回はマボロシかと思ったら現存した珍しい駄菓子の追求になりました。

※未確認インターネット情報にもとづいた誤記がありました。株式会社浦野鉱泉所様に謹んでお詫びを申し上げます。(平成16年3月30日)

その1 ギュウヒってなんだろう? その2 ニッキ貝って知ってる?
その3 謎が謎めくどりこ飴? その4 養老サイダーの真実


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