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キャラメル横丁 -> 突撃メーカーさんPart1 第12回 丸川製菓

突撃メーカーさん(Part1)


第12回
丸川製菓(株)  名古屋市西区名西2-9-12


 駄菓子屋の店先でいつも見かけたオレンジの箱、オレンジマーブルフーセンガムやフィリックスガムでおなじみの丸川製菓の登場です。営業企画部の加藤次長を訪ね、丸川製菓の歴史を伺いました。丸川製菓は100年を越す老舗メーカーで、昭和63年には、創立100年記念の社史『マルカワ1世紀のあゆみ』を刊行しています。この本の内容を織り交ぜながら、丸川製菓の成り立ちを紹介しましょう。

主な商品:オレンジマーブルフーセンガム(下)、フィリックスガム(左)

●丸川製菓の成り立ち
 「丸川製菓は、明治21年(1888年)創業ですので、今年(2000年)で、112年になる老舗です。現会長の祖父に当たる川島新助は、明治維新のころ、栄生付近に住んで甘酒売りをしていました。その新助が明治21年になって名古屋市西区新道に借家を借りて、げんこつ飴の製造・販売を始めたのが、丸川製菓のはじまりです。その後、息子の錠太郎が12歳の時、父、新助は亡くなり、錠太郎は伯父の服部友七からげんこつ飴の製法を教えられます。ちなみにこの服部友七という人は、初代の名古屋菓子商工組合長です。
 その後、金花糖の中に落花生を入れた松型の菓子『落花松』を開発しました。昭和に入り、現会長・川島好雄の代になると、ひき飴や豆きり、新開発のヒット商品『とるこ飴(トルコ人の帽子のような包装紙に包まれた長さ約9センチのミルク入り飴)』などを扱いました。戦後、菓子類の中でガムだけが、砂糖を使っていないことを理由に統制の対象になっていなかったので、ガム製造を開始します。昭和22年頃は、ガムメーカーが多数できて、国内で400社、愛知県だけでも70社ほどありました。川島好雄は、川島製菓の名前で『プリティガム』、『マルカワガム』を発売。この2つのガムは、長方形の板ガムで1円でした。マルカワガムのほうが売れ行きがよかったので、昭和23年7月、社名を丸川製菓株式会社に改めました」

丸川製菓小牧工場(右写真)
●オレンジマーブルフーセンガム誕生秘話
 
「昭和27年、アメリカから『ユーテッド』という糖衣掛けの長方形のガムが入ってきました(編集註:クロレッツみたいなガムのようです)。これがよく売れたので当社でもいろいろ研究しましたが、角が欠けたりしてなかなかうまくできませんでした。でも角が欠けたガムは、熱で丸くなるので、これが後のマーブルガムのヒントになったんです。その後昭和29年にオレンジの香料を使った角ガムの『オレンジガム』を発売、これがよく売れて第13回全国菓子大博覧会で名誉大賞牌を受賞しました。これ以降、玉ガムの試作を繰り返し、昭和34年、中身が柔らかくて糖衣がかからないという技術的問題を克服し、『オレンジマーブルフーセンガム』を発売、現在に続くロングヒット商品になりました。その後、昭和47年には『いちごマーブルフーセンガム』、昭和57年には『グレープマーブルフーセンガム』『マスカットマーブルフーセンガム』など仲間を増やしてきました。


 また、キャラクターものもマルカワの特色のひとつで、昭和33年頃には『マルカワガム・ジャガーの眼』『とんま天狗ガム』、昭和39年には『ビッグXフーセンガム』、翌40年には『ひょっこりひょうたんガム』、45年には『ネコジャラ市の11人マーブルガム』そして、昭和49年に『フィリックスガム』など、子供の人気者をパッケージに使ったガムをたくさん作ってきました。

 当社の商品は、現在、東南アジアからヨーロッパ各国、アメリカ、カナダなど世界に輸出しています。子供に夢を与えたいというのが当社のモットーなので、これからも子供たちのためにおいしいガムやお菓子をどんどん開発していきます。よろしくお願いします」


 『オレンジマーブルフーセンガム』は、駄菓子屋の店先でいつも必ず目にしていたような気がします。遠足のおやつには、ほとんど必携のお菓子だったはず。あの小さな箱がかわいくて、コロコロっと出てくるオレンジの玉ガムが、あっという間に食べきってしまうんだけど、今でも忘れられない味になっています。そんな老舗の味は、今でもすぐ手に入ります。

(取材2000.10.16/更新2003.10.10)


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