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-> 突撃メーカーさんPart1<第8回>見田製菓
突撃メーカーさん(Part1)
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第8回
きびだんごの見田製菓
名古屋市中村区松原町1-13
だんごじゃないのにその名前をもつ駄菓子「きびだんご」。今回はきびだんご専門に製造している見田製菓さんを訪ね、会長の見田修三さんにお話を伺いました。結婚と同時に奥さんの実家の佐藤製菓に入り、『佐藤のきびだんご』製造に携わった後、昭和37年に独立、見田製菓として今はなき佐藤製菓のきびだんごを受け継ぎ発展させた会長の話の中から、きびだんごの歴史をひもときます。
主力商品:きびだんご、こつぶきびだんご
●きびだんごの誕生
キャラメル記者
(以降キャラに省略)
:
「きびだんごはいつごろから作っているんですか?」
見田会長
(以降会長に略)
:
「佐藤製菓が昔から餅飴を作っていました。昭和25年以前は「愛国」という名前で作っていて、戦前だけにそんな名前だったんですね。戦後、キャラメルなどを作っていまして、それから昭和24年ころには餅飴のチェリー飴をやり始めました。いわゆる桜色の色素を餅飴に加えたものです。今のこざくら餅と似てますが小さく小分けになってなくて、キャラメルのようなカタチでオブラートに包まれていました。当時名古屋ではチェリー飴と同じ頃にニンジン飴というよく似た餅飴がありましたし、大阪にはキントン飴(栗きんとんベース)、鹿児島製菓のボンタン飴も詳しい製法はわかりませんが同じ系統になると思います。そして昭和25年にきびだんごを発売しました。
きびだんごといえば岡山の土産物にありますが、品物自体はぜんぜん形式が違うものです。だんごのかっこうでもないですし、長い短冊状のカタチです。最初は包装も手巻の紙だったんですよ。その後、昭和37年の独立後に私が考案して現在のフィルムの機械包装になったんです。当時は薄板と一緒に紙を手で巻いていました。今はボール紙ですが。板か厚紙を添えないと餅飴が曲がってしまうんですね。」
キャラ:
「きびだんごは何故、短冊状のかたちをしているのですか?」
会長:
「あの当時(昭和25年ころ)佐藤製菓の社長(義父)が考えたんじゃないでしょうか。出し始めからずっとこのかたちです。昭和25年のちょっと前はまだ食料統制の時代でしたよね、その時にいわゆるデンプンが配給になって、主食の替りに餅飴を炊いて配給に出したことがあります。その当時も短冊にして出していたはずです。裁断機の都合もあるでしょうね。量産しやすいんですよ。また、きびだんごと言ってますが、きび粉が入っているわけではありません。餅米を粉にした餅粉、デンプンに水飴、砂糖などでできています。きびだんごの色は黒糖の自然の色ですね。黒糖の砂糖を使っていますので、きびだんごの味のもとも黒糖のあっさりとした味です」
きびだんごの変遷。左より佐藤のきびだんご、見田のきびだんご、新製品こつぶきびだんご。桃太郎のタッチがどんどん変わっている。
佐藤のきびだんご包装紙のアップ。「四季変味の憂いありません」のコピーがいい。「あなたも幸運?僕も幸運?」は当てもんとしてきびだんごが浸透していたことを物語っている。
●きびだんごの勢力図
キャラ:
「見田製菓のきびだんごはどのあたりで販売しているのですか?」
会長:
「きびだんごの最盛期は25年から37年ころ。佐藤製菓時代には木箱で1日300ケースくらい出ていました。25キログラムを一度に練ることができる釜が10台稼働してましたから。『佐藤のきびだんご』といったら名古屋駅のプラットホームで出荷しない時がなかったくらいですからね。きびだんごの販売エリアは、おおむね九州全土に四国など名古屋から西はほとんどです。きびだんごの駄菓子は北海道にもありますので、東北の青森あたりになると北海道産のきびだんごになる。だいたい東京が分かれ目でしょうか。ある時、鳥取で町全体に広がった大火事があったんですが、その時はきびだんごをどれだけ送っても足らなかった。要するに腹持ちがいいので非常食替りになったんですね。昭和25年のころは1コ5円が普通のもので、もう少し大きいので10円売りもありました。」
●きびだんごの悩み
会長:
「きびだんごにも困った問題がひとつあります。ある程度の柔らかさを残しておく必要があるので、陳列の時に立ててあるとだんだん下に沈んで短くなったみたいになるんです。よくお客さんから袋の長さのわりに中身が少ないと苦情が来たりするんですが、内容量は変わりません。つまり太短くなってしまうんですよ。だから店頭などではなるべく水平に寝かせて並べて欲しいですね。ウチのきびだんごは冬場になるとちょっと固くなるんですが、ストーブであぶってもらうとつきたてのお餅みたいになりますよ。また昨年の3月ころに『こつぶきびだんご』という新製品を作りました。短冊状だと長いので食べづらいという話が出たんです。そこで細かくカットして砂糖掛けにしました。変形もしませんので、また違う食感が楽しめると思います」
1. 釜で餅飴を炊く
2. 板状にのして冷ます
3. 押切機にかける
4. カットして箱に並べる
5. オブラートで包んで厚紙でくるむ
6. 機械包装で1分間に150個
7. できたてきびだんご
8. 箱に入れて出荷
●自慢のきびだんごをどうぞ
キャラ:
「非常に奥行きのある工場ですね。」
会長:
「奥まで22間くらいです。その一番奥に釜があります。これは衛生管理に細心の注意を払っていまして、外から入るゴミを極力減らすためです。包装、保管、注文受けなどは手前の方で済みますし、原料も裏から入れますので、釜のあたりは問屋さんなどもまず入りません。衛生管理では保健所に感心されましたし、ボイラーなど設備面も充実していますよ。餅飴というのはなかなか炊くのが難しいものです。夏は長く炊き、冬は逆に短くと季節に応じて火づめを微妙に変えていきますが、これは長年の経験によります。ウチのきびだんごは、品質がいいから本当に餅のように食べられますので、これからも『見田のきびだんご』をよろしくお願いします。
取り粉で白い工場の奥で、白衣に包まれてきびだんごを作っている姿は、まさに無菌室のコンピュータルームのよう(ちょっと飛躍してますか)。結局、何故きびだんごと呼ばれるのかという壮大な疑問は解決しませんでしたが(笑)、ひとつの駄菓子に半生をかけた会長の『きびだんご人生』を垣間見ることができました。
(取材日:1999.3.31)
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