会 長
(企画・制作)
株式会社 マルホ 堀田 久富

名古屋は全国屈指の駄菓子メーカーが多い街です。僕が生まれたときからウチは駄菓子業界の仕事をしていました。子供の頃には当て物のチョコやギュウヒ菓子を製造しているメーカーで、周りには駄菓子や景品のおもちゃが氾濫していました。それだけに駄菓子に対する思い入れは強いものがあります。最近、駄菓子屋が少しづつ減ってきている中で、今の業界になんとか脚光を浴びせることができないかと考えた末に、思いついたのがインターネットです。ネットというはかりしれない市場を視野に入れて様々な駄菓子を紹介し、駄菓子文化を継承し、そして販路を広げていく。それは今だからできる未来に向けた駄菓子屋の姿だと思います。ただ一時のレトロブームに躍らされることなく同世代には郷愁を、若い世代には新鮮な感動を駄菓子によって提供することができることを願っています。

副会長
(ディレクション)
豊和紙工業株式会社 広 浩一

店で食べた花串カステラ。お金を払い忘れて、儲かった気持ちの反面、店に寄りつけなくて罪悪感にどきどきした日々。学校帰りはせんべいに蜜をたらしてはさんで食べた帰り道。あの頃のそんなこんながみんな懐かしい。全国の皆様に駄菓子とともに思い出を味わっていただきたいと思います。

総 務
(イラスト)
オフィスタツオ 渡瀬 達夫

このプロジェクトが進むにつれメンバー間の話し合いもどことなく子供の頃、教室で目を輝かしながら自分の思いを熱く語り合う少年になっていたように感じました。ただ少年時代と違うのは、話し合い後のラムネがお酒に、駄菓子が酒肴に変わったぐらい。そんなこんなの中で作り上げたキャラメル横丁で皆さんも少年、少女に戻って楽しんで下さい。

書 記
(コピーライティング)
オフィスヒメジョオン 犬飼 伸二

子供の頃から中途半端なコレクターだった僕。牛乳瓶のフタも集めてたし、ライダーカードも集めてた。駄菓子屋にも頻繁に通っていたのに、なぜか今では宝物入れの中には入ってない。小学校で3回引っ越したけれど、どこに行ってもその土地の子供たちが集まる駄菓子屋があったのが、今では不思議です。でも、ふと立ち寄りたくなってしまうあの空間。あの子供の社交場であり、文化発信基地だった駄菓子屋のヒミツをさぐっていきたいと思います。

広 報
(ウェブ制作)
ライトオン 冨取 保美

元々コピーライターなのですが、気がついたらインターネットの世界にどっぷりとはまりこみ、いつの間にかウェブ制作者という名前まで使っております。
で、私の駄菓子との出会いといえば、やはり田舎の小学校の時の思い出ですね。通学途中の小さな市場の片隅にあった「ダガシの前田」には、このキャラメル横丁のお梅婆さんとそっくりなお婆さんがいたんですよ。ほんとです。ボクは学校の帰りみち、ほとんど毎日のようにお店に立ち寄って、いろんなおかしやおもちゃに見入っていました(お金がなくてあまり買えなかった…)。お店にとっては迷惑な子だったかもしれませんが、ここで少しでも恩返しができたらうれしいです。